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父と子

 

 翌朝、莞爾はまだ薄暗い中、家を出た。

見上げると、東の空に、今にも消えそうな新月が、薄っすらと浮かんでいる。

そんな中、一人寺に通じる百段階段のある根っこ山に向かった。

途中、莞爾の横をすり抜けるように牛乳配達の少年が自転車に乗り通り過ぎて行く。

一軒ずつ、玄関先に置いてある牛乳箱の中に牛乳を置いていく。

瓶の擦れる音だけが、カチャカチャと次第に遠のいていった。

中学校の前を通り、畑を抜けた。

根っこ山の麓、生い茂る木の中で一際大きな楡の木に山葡萄が覆い被さっている。

その山葡萄の大きな葉を潜ると、そこに百段階段があった。

見上げるとかなり急だ。

鉄パイプで出来た手すりに手をかけ、一段一段登っていく。

人一人がやっと通れる幅。

よそ見をすると落ちそうだ。

途中、足を休める為のちょっとした広場がある。

そこで札幌の町を眺めた。

遠く東の空が薄っすらと明るくなっている。

山の向こうでクマゲラが鳴くのと同時に、目の前をシマリスが横切った。

湿っぽい土臭さが鼻を突く。

更に階段を登った。息を切らしながらやっと登りきると其処は白樺林になっていた。

暫くの間白樺の陰に身を潜め、境内の中を(うかが)っていた。

すると、人影が動いているのに気づいた。

真っ白な道衣に身を固め、一人演武している。

得意の『雲手(ウンスー)』

突きを極めた時の気合に凛とした空気が漂う。

「スゲー、本物だ」

 思わず呟いた。

見惚れていると、寺の奥からもう一人出てきた。

今度は二人で演武している。

莞爾の目が帯に集中する。

「二人とも黒帯だ! 俺と同じ中学生だろうに・・・ 黒帯を締めている」

 形の演武が終わると、二人は向き合った。

一礼し、お互いに構える。

『約束組手』

互いに前もって決められた『突き』や『蹴り』そして『受け』の練習だ。

一人が相手の上段を突く。すると相手は同じく上段で受け、瞬時に中段突きを返す。

今度は相手が前蹴りで来ると、それを下段で払い、中段を突く。

お互いに約束された技を掛け合う。

気合と共に出される突きや蹴り。

受ける時の道衣の擦れる音。

気がつくと莞爾は立ち上がり、白樺の木にもたれかかるようにして見惚れていた。

約束組手が終わり、二人は互いに礼をする。

息を整えると、最初に莞爾の存在に気づいたのは彰だった。

「リュウスケ、誰かいるぞ」

 彰は白樺林を見ながら言った。

龍介も直ぐに振り向いた。

「父ちゃん・・・」

 そこには自分と同年代の父親がいた。

不思議な光景だった。

 莞爾はゆっくりと歩み寄ってきた。

龍介の前まで来ると静かに話しだした。

「この前はありがとう。やっぱり空手をやっていたんだ。実は・・・ 頼みがあってやってきた。あいつを・・・ あのマサカズをやっつけてくれないか? 俺達、いつもあいつにやられているんだ。昨日もボコボコにされ、財布を取られた。なあ、頼む。マサカズをやっつけてくれ」

 そう言うと莞爾は龍介の前で深々と頭を下げた。

その顔にはまだ青タンが残っている。

横で見ていた彰は龍介の口から出る言葉を当然のように予想していた。

しかし、実際に龍介が口にしたのは予想外の言葉だった。

「駄目だ!」

 一瞬、耳を疑った。

父の頼みを断るのか?

莞爾も落胆の色を隠せないでいる。

「どうしても駄目か?」

 莞爾はもう一度頼んだ。

しかし、答えは同じだった。

「ああ、駄目だ。空手に先手なし。というように空手は人を傷つけるものではない。あくまで自分の身を守る為のものだ。何度訊かれても同じだ」

 莞爾はうな垂れた。

「そうか・・・ 分かった。有難う」

 か細く言うと、今来た百段階段を重い足取りで降りていった。

途中、足休めの広場まで降りると、哲と幸二がいた。

二人も頼みに来たようだ。

「カンジ、早かったな。もう行ってきたのか? で、どうだった?」

 哲が訊くと莞爾は首を横に振った。

「駄目だった。空手は人を傷つけるものではない。とはっきり言われた。自分を守る為のものだって」

二人とも、うな垂れた。

「そうか・・・ だめだったか・・・」

 溜息を漏らし、三人で階段を降りようとした時、下のほうから誰かが登ってくる音がした。複数の足音だ。

登ってくる連中を見た時、三人は顔を引きつらせ、ジリジリと後ろに下がった。

「よう、おめーら。こんな所で何しているんだ?」

 正和の手下だった。

「どうしてここにいるのが分かったんだ?」

 幸二が恐る恐る訊いた。

「別に。ただ親分がよ。おめーら連れて来いって言うからよ。後ついてきただけだ」

 手下の一人がニヤニヤと笑いながら近づいて来た。

「なあ、今日も一緒に遊ぼうや」

 そう言いながら莞爾の肩に手を回そうとしたが、莞爾は振り払った。

「オイ! なんて事するんじゃー! また痛い目に遭いたいのかよ!!

 手下は莞爾の胸ぐらを掴み、目を剥き出して言った。

その時だった。笹藪の奥から低く落ち着いた声が響いた。

「お止めなさい!」

 全員が振り向き、声の主を捜した。

手下は莞爾の胸ぐらを掴んでいた手を離し、笹薮に近づこうとした。

すると、笹薮が揺れ、掻き分けながら出てきたのは、なんと住職だった。

「乱暴はお止めなさい」

 住職は静かに、そして諭すように言った。

しかし、手下は聞き入れる筈がなかった。

「なんだ、坊さんかよ。引っ込んでいろ!」

 吐き捨てるように言うと、また莞爾達に向かって行った。

「お止めなさい!! あなたは言っている意味が分からないのかな!?

 住職の語気が強まり、今までの穏やかな表情が消えた。

相手を見据えている。

すると、手下は切れた。

「オイオイオイ! くそ坊主!! オメーも痛い目にあいてーのかよ!!

 罵声を吐きながら、手下は住職に殴りかかろうとした。

その時、住職は伸びてきた手下の手を掴み、「ハイッ!」という気合と共に軽く捻ると、手下は弧を描くように住職の頭上を投げ飛ばされていった。

あっと言う間だった。

 

 うな垂れるように階段を降りていった莞爾の背中を見ていた彰は龍介に向かって言った。

「良いのか? あんな事言って。本心じゃあないんだろ? お前の父ちゃんだろ、あいつ・・・」

「ああ、助けてやりたい。でもなあ・・・ この時代は俺達の時代じゃあない。

好き勝手な事は出来ないだろう・・・」

 二人は百段階段の降り口を眺めていると、離れの方から声がした。

「ねえ、誰か来ているの?」

 そう言いながら皆が集まってきた。

「なあ、話し声が聞こえたけど、誰かいたのか?」

 幸太郎が訊いた。

「ああ、実はな・・・」

 彰が事の一部始終を話そうとすると、龍介が遮った。

「何でもない!」

 そう言い残すと龍介は一目散に走りだした。

墓地の中を抜け、一気に三重の塔まで駆け上がると、塔の前にある大きな灯篭の横に座った。

荒い息を吐きながら、札幌の町を眺めた。

「自分達の時代とは大きく違う。この時代で好き勝手な事をやって良いんだろうか? 俺達はこの時代にはいない人間だ。そんな事をしたら、歴史が変わっちゃうんじゃあないか?」

静かに考えていると、下から空手の練習をする声が聞こえてきた。

「もうすでに一部の人間は俺達の存在を知っている。もうどうでもいいか・・・」

投げやりな気分になり、仰向けになると空を見上げた。

ぽっかりと浮かんでいる雲がゆっくりと流れていく。

「この空だけはいつの時代も変わんねえなー」

そう思うと、ふと寂しさが襲ってきた。

「俺達、帰れるんだろうか・・・ 皆心配しているだろうな〜」

 龍介は身体を起こすと横に落ちている石を拾い、灯篭の台座にガリガリと何かを書き始めた。

「俺達がこの時代にいた証だ」

 そこには、片仮名で『リュウスケ』という名が、力強く彫られていた。

「いつかは自分達の時代に帰りたい」という強い思い。

そして、自分達の存在を残すかのように・・・

 

 空手の練習が終わると、皆龍介の元に集まってきた。

「リュウスケ、アキラから聞いたけど、皆で相談したんだ。こうしたらどうだろう?」

 幸太郎が話し始めた。

「俺達が直接マサカズをやっつけないで、あくまで父ちゃん達に頑張ってもらう。これだったら良いだろう?」

「ああ。だけど、このままじゃあいつ迄たってもマサカズをやっつけるのは無理だ」

「そう。だから、父ちゃん達に強くなってもらうんだ」

「強くなってもらう? どうやって?」

 幸太郎と彰がニヤッと笑った。

「俺達が空手を教えるのさ。父ちゃん達に・・・」

 他の皆も笑っている。

「それに今は夏休みだ。時間は十分にある」

「分かった。良い考えだな、それって」

 龍介は頷くと思い出したように言った。

「でもよ。俺、断ったからあいつ帰っちゃったぞ」

 すると梨絵が笑いながら言った。

「電話すれば良いじゃない。自分家(じぶんち)に!」

「そうよ、すぐ電話してみようよ!」

 菜美も同じように言った。

 龍介は軽く頷き、「ヨシッ!」と言うと立ち上がった。

そして墓地の中を駆け下りた。

他の皆も後に続く。

寺の裏口に回ると大きな声で奥さんを呼んだ。

「すいませーん! おばさーん!」

「はーい」という声と共に、流し場から前掛けで手を拭きながら奥さんが出てきた。

洗い物の途中だったようだ。

「すいません、おばさん。電話を貸してもらえませんか?」

「電話? ええ、良いわよ。電話ならそこにあるから、自由に使って」

 奥さんは広間に通じる縁側に掛けてある大きな柱時計の下を指差した。

そこにはダイヤル式の黒い電話があった。

龍介が受話器を取り、ダイヤルしようとすると、彰と幸太郎の目が点になっている。

「どうしたんだ?」

 龍介が不思議そうに訊いた。

「こんな電話、初めて見た」

 二人は唖然として見ている。

「これ、どうやって使うんだ?」

 彰が訊いてきた。

「そうか、皆ダイヤル式の電話って見た事ないんだ」

「龍介は知っているのか?」

「知っているも何も去年まで家(うち)はこれだったんだ。

母ちゃんがこだわっていたから」

 そう言いながら龍介はダイヤルを回した。

『5・8・1・・・0・9・3・0』

「ジジジ・・・ジジジジ」というダイヤルの音がする。

しばらくすると、「ツー、ツー」と不通の音がした。

もう一度ダイヤルする。

しかし、同じだった。

「おかしいな〜 繋がらない」

理由が分からず、電話機を見ていると、奥さんが訊いてきた。

「どうしたの? 繋がらないの?」

「ええ、何回電話しても繋がらないんです」

 龍介が困ったように言った。

すると奥さんは訊いた。

「どこに電話しているの?」

「と・・友達のところです」

 龍介は戸惑いながら言った。

「友達? 何番?」

 奥さんは電話番号を訊いた。

「5・8・1の0・9・3・0です」

「5・8・1 ?」

 奥さんは訝しげな顔をして訊き返してきた。

「おかしいわね〜 5・8・1は東京じゃないの?

札幌の市内局番は二桁よ」

 この時、後ろにいた菜美が割って入った。

「アッ、ごめんなさい。

581でなくて58。

ただの5・8」

 龍介はもう一度ダイヤルした。

今度は、『5・8・・・0・9・3・0』・・・と。

しばらくして呼び出し音が鳴った。

「リリリン・・・ リリリン・・・」

 龍介は繋がったと頷くと、奥さんは首を傾げながら戻って行った。

「姉ちゃん、どうして『5・8』だと分かったんだ?」

 呼び出し音が鳴っている間、龍介は菜美に訊いた。

「この時代の札幌の市内局番は、まだ二桁なの。

だから最後の『1』はいらないのよ」

 菜美に言われて納得していると相手が出た。

「モシモシ、古田でございます」

おばあちゃんのようだ。

「あ、おばぁ〜・・・」

 話しかけたが途中で気づいた。

危なかった。

つい、いつもの調子で話すところだった。

ここではおばあちゃんではなく、莞爾のお母さんだった。

「あ、あのう、すみませんが・・・」

 龍介は慎重に言葉を選んで話した。

「ぼ、ぼく、リュウスケといいますが、カンジ君はいますか?」

「カンジですか? ごめんなさい、朝早くに出て行ったきりまだ帰って来ないの」

「ああ、そうですか。それじゃあいいです。どうも・・・」

 龍介は静かに受話器を置いた。

そして、首を横に振った。

「帰ってないみたいだ」

「ショック大きかったんじゃないか? あんなこと言うから・・・」

 彰が横でつっけんどんに言った。

「帰っていないなら行ってみようよ」

 幸太郎が言うと、後ろで菜美が相槌を打っている。

「そうだな、後で行ってみるか」

 龍介が振り返ると、彰、幸太郎、菜美も頷いていた。

 

 朝食を済ませ、寺の掃除を終えると、四人は莞爾の家に向かった。

寺に残った梨絵と広子は奥さんの手伝いをするそうだ。

山を降り畑の中を歩いているとトウキビを収穫している。

一本一本手?ぎされたトウキビは黄色い実がびっしりと並び、見ているだけでよだれが出てくる。

「うまそうだな、あれ・・・」

 幸太郎が言うと彰は、

「?ぎたてが一番美味いんだよな」

と煽るように言う。

幸太郎は恨めしそうに彰を睨んだ。

 畑を抜け、中学校の傍まで来ると、体育館からボールの跳ねる音と共に部員の掛け声が聞こえてくる。

「まだ部活やってんのかな〜」

 龍介は体育館を眺めた。

「どうする、ここで待っているか?」

 すると菜美が言った。

「一度家まで行ってみようよ。

若い時のおばあちゃんにもやっぱり会ってみたいし」

 四人は体育館を眺めながら、そこを後にした。

 

 家の前まで行くと、龍介は一度家全体を見渡した。

すると裏庭の隅に赤い手押しポンプが見える。

「姉ちゃん、あのポンプは井戸か? この時代って水道は無いのか?」

「何言っているの。あの井戸はもっと昔からある井戸よ。

そう言えば父ちゃんが時々言っていたじゃない。

家を建て替える時にあの井戸潰さなきゃよかったって」

 龍介は更に覗き込んだ。

すると、ポンプの横に小さな苗木が植えてある。

「姉ちゃん、あの木・・・」

 龍介が言う前に菜美も見ていた。

「あんなに小さかったんだ。あの栗の木・・・」

 二人は懐かしい思いで一杯だった。

 龍介は玄関前に立つと、ドアの周りを見ている。

「姉ちゃん、インターフォンねえぞ」

「ないんならドアを、ノックしてみたら」

 龍介はドアをノックした。

反応がない。

もう一度ノックする。

だが、やはり反応がなかった。

今度はドアノブを回した。

鍵がかかっていない。

一度菜美の方を振り向き、恐る恐るドアを開けた。

奥の方で洗濯機の音がする。

玄関に首を突っ込み、呼んでみた。

「すいませーん」

 聞こえないようだ。

大きな声でもう一度呼んだ。

「すいませーん!!

「ハーイ!」

 今度は聞こえたようだ。

パタパタとスリッパの音がする。

「あら、いらっしゃい。カンちゃんの友達?」

 龍介を見るなり親しそうに言う。

間近で見る祖母になぜかドギマギする。

変わらない喋り方。

年は若いが面影はそのままだ。

「あ・・ はい。あの、カンジ君はいますか?」

「ごめんなさい。まだ帰って来てないのよ」

 そう言いながら莞爾の母は、つっかけを履き玄関ドアを開け放した。

そこには見慣れない四人の少年達がいた。

一瞬言葉が出ない。

舐め回すように頭の先から足の先まで見ている。

「あなた達は・・・ この辺の子じゃないわね〜 どこから来たの?」

 龍介が戸惑っていると菜美が答えた。

「私たちはアメリカから来ました。実はカンジ君達と学校を通して文通しているんです。札幌に来る用事があったので、ちょっと寄ってみたんですが・・・」

 母は口を半開きにして頷いている。まるで信じられないという顔つきだ。

「アメリカから? そうなの〜 どうりでハイカラな格好をしていると思ったわ〜」

「ハイカラ?」

 龍介は自分の服を見ながら呟いた。

意味が分からない。

「たぶん、かっこ良いという意味よ」

 菜美が耳元でそっと囁いた。

「かっこ良いですか? これ」

 龍介はTシャツを広げるように母に見せた。

母は目を丸くして頷いている。

「こんなのどこにでも売っていますよ」

 思わず言ってしまった。

「え? どこに?」

 訊かれて一瞬、まずいと思った。

「どこに? って・・・ アメリカですけど・・・」

「向こうは皆派手なのね〜」

「ええ、おばさんも髪の毛、紫に染めてみたらどうですか?

かっこ良いですよ」

「何言っているの。そんな事出来る訳ないじゃない」

 母が笑いながら言うと、菜美が龍介の肩を突付いた。

「ちょっとリュウスケ。あんた言いすぎよ。そろそろ帰ろう」

 龍介は軽く頷く。

「じゃあ、どうもおじゃましました。

カンジ君が帰ったら、僕達が来たと伝えてください。

それじゃあ、どうも」

 四人はペコリと頭を下げると家を出た。

「やっぱりまだ部活やっているんだ」

 幸太郎がボソッと言うと、横の板塀の上を猫が伝い歩きしている。

「猫は変わんねえよな。いつになっても・・・」

 猫の後を追っていると全員の足が止まった。

その先に一人の少年が立っている。

莞爾だった。

急な出会いにお互い戸惑っていると、先に口を開いたのは莞爾だった。

「来てくれたのか・・・?」

 莞爾は歩み寄りながら言った。

「マサカズをやっつけてくれるのか?」

 龍介は首を横に振った。

「いいや、その話は朝したとおりだ。ただ・・・ 俺達と一緒に空手をやらないか? 一緒に練習をしないか? 自分自身のために・・・ そう思ってやって来た」

 一瞬、莞爾は考えた。

「それって・・・ 俺達に空手を教えてくれる・・・ っていうことか?」

 龍介はゆっくりと頷いた。

他の皆も笑みを浮かべて頷いている。

「ありがとう」

 莞爾は頭を下げた。

龍介は菜美を見てニッと笑うと、今度は菜美が話し掛けた。

「一つだけお願いがあるの。

必要以上に私達のことを詮索しないと約束してくれる?」

莞爾には分かっていた。髪形や服装から言っても自分達とは住む世界が違うという事ぐらいは・・・

「ああ、分かっている。

ただ、名前を訊くぐらいはいいだろ?

俺はカンジ。そして一緒にいた友達はテツとコウジ。

君達は?」

 龍介達は口ごもった。

ここで名前を言って良いものかどうか。

俺は将来、あんたの息子になる人間だ。

今、ここで名乗ったら未来が変わってしまうんじゃあないか?

そんな不安が皆の頭の中を過ぎった。

しかし、ここまできたらもうどうでもいい事だ。

菜美が皆を紹介した。

「私はナミ。そして弟のリュウスケ。友達のアキラとコウタロウ。

寺にはアキラの妹リエとコウタロウの妹ヒロコがいるわ」

 皆の名前を聞いて、莞爾はやっと打ち解けた気分になれた。

強張った顔が緩んでいる。

「そうだ、一つだけ教えて欲しい。

空手の先生は寺の和尚さんか?」

 龍介と彰は顔を見合わせた。

二人とも住職のことを只者ではないと思っていたが・・・

「どういうことだ?」

 龍介は真顔で訊いた。

莞爾は今朝の出来事を話し始めた。

「俺はリュウスケに断られた後、百段階段を降りて行った。

すると途中でマサカズの手下がやって来たんだ。

又やられる。そう思った。

そこへ和尚さんが現れたんだ。

手下が和尚さんに殴りかかろうとしたら、その手を捻り、思いっきり投げ飛ばした。

あんなすごい技を見たのは初めてだ。

だからてっきり君達の先生は和尚さんだとばっかり思っていた」

 龍介の思いは的中した。

やはり住職は何かの武術をやっているようだ。

「それは違う。

俺達の先生は和尚さんじゃあない。

それに俺達が習った空手には投げ技はない」

 これ以上のことは言えなかった。

間違っても本当の先生の名は・・・

 


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