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待伏せ

 

 朝早く莞爾はいつものように部活に向かう為家を出た。

すでに蝉が鳴いている。

今日も暑くなりそうだ。

途中、腹ごしらえの為に、いつもの食料品店に寄った。

ここで黒岩哲と林幸二と待ち合わせをしていた。

莞爾が着くと、哲と幸二はすでに入り口の前で牛乳を飲みながらアンパンを食べている。

莞爾も店の中に入り、アンパンと牛乳を買って出てくると、同じように食べ始めた。

「昨日の連中、誰だったんだろうな?」

 莞爾が何気なく言うと、哲と幸二も話し出した。

「さっき、ここのおやじさんも変な事を言っていたぞ。

派手な格好をした連中が聞いたこともない飲み物を買いに来たって。

それにおにぎりも頼んだみたいだ。

『そんなもん売ってない』って怒ったら仕方なさそうにパンとフルーツ牛乳を買ったそうだ」

「それによ、出したお金が見たこともない硬貨だって言うんだ。

百円玉より大きくて五百円って書いてあったそうだ。

おやじさん、『偽金か!?』って怒ったら、横にいたお姉ちゃんが百円玉を三枚置いていったって」

「その百円玉が又おかしいんだ。

俺もさっき見せてもらったけど、昭和でなく平成17年って書いてあるんだ」

「どういう事なんだ? それって・・・」

 莞爾が訊くと、二人は首を傾げるだけだった。

「そんな事より、早く部活に行こう。みんな待っている」

 誰ともなくそう言うと、三人は学校へ向かった。

 

 夕方六時過ぎ、部活を終え体育館の外に出ると沈み始めた太陽が藻岩山を紅く染めていた。

暑さも和らぎ、心地良い風が吹いている。

「今日もきつかったなあ〜」

「ああ、足がパンパンだ〜 それに喉がカラカラ」

 莞爾達三人はグラウンドの端を通り、中通りへ入って行った。

また、いつもの食料品店に寄る。

店の前では主人がオート三輪の荷台に、醤油の入った一升瓶を積んでいる。

配達の準備をしているようだ。

喉が渇いた莞爾達は主人に声を掛けた。

「おじさーん、フルーツ牛乳を下さい」

「フルーツ牛乳? それなら中に母ちゃんがいるから、母ちゃんに言ってくれ」

 主人は醤油を積みながら振り向きもせずに答えた。

忙しいようだ。薄汚れた白い半袖のシャツが汗で滲んでいる。

三人は中でフルーツ牛乳を買って出てくると一気に飲み干した。

「フーッ、うまいなこれ」

「ああ、いつ飲んでも最高だ」

店の横にある円筒形の赤い郵便ポストに寄り掛かりながら、莞爾は空になった瓶を眺めていた。

見上げると空は薄暗くなり、カラスの大群が円山に向かって飛んでいく。

カラスが円山に帰るのと同じように、向かいの空地に何処からとも無く浴衣を着た子供達が集まってきた。

赤や黄色、紫の帯を締め、下駄を履いている。

そして手には何かを持っている。

それを見た主人は店の中に戻ると、水を入れたバケツを持ち、子供達の所へ行った。

「オーイ、皆。火の始末はちゃんとするんだぞ! 良いな!」

「ハーイ!」

 黄色い声が返って来た。

どうやら花火をするようだ。

それも、せんこう花火。

 年長格の男の子がロウソクを立て、マッチを擦り火を点けた。

そして花火の紐をほどき、一本一本小さな子に渡している。

子供達はロウソクの周りにしゃがむと、一人ずつロウソクの火に花火をかざした。

「チッチッチッ」という音と共に小さな火花が飛び出してくる。

その火花は徐々に大きくなり、赤い玉の周りを飛び跳ね始めた。

まるで火の花で出来たぼんぼりのように・・・

そして徐々に小さくなった。

火の花のぼんぼりが消えると、今度は糸のように細い火花が赤い玉から飛び出してきた。

それも徐々に小さくなり、最後の一筋が消えると紅い玉はポトッと地面に落ちた。

その間、子供達は一言も話さない。

ただジーッとせんこう花火を見ている。

店の横で見ていた莞爾達も、ただ黙って眺めていた。

ただ・・・ 見ているだけで何となく癒される感じがした。

「良いな、せんこう花火って」

「ああ、本当に良い」

 三人は顔を見合すとフッと笑った。

 店の主人がやっと配達に出かけた。オート三輪のバイクのようなバーハンドルを握って。

それを見た莞爾達も家路についた。

 

 暫く歩くと空には満天の星が輝きだした。

遠く北の空には北斗七星が浮かんでいる。

空一杯の星を大きな柄杓で掬うように・・・

 莞爾達は空を見上げながら歩いていた。

のんびりと・・・

すると、横の路地から街灯に照らされた人影が細長く伸びているのが見えた。

莞爾は嫌な予感がした。

人影がゆっくり動くと莞爾の予感は的中した。

正和とその連れが数人、莞爾達を取り囲むように現れた。

「よう、カンジ。昨日は残念だったな。邪魔が入ってよ。

今日はもう部活は終わったんだろう? じゃあゆっくり出きるよな〜」

 正和は莞爾の肩に手を回し、無理やり路地に連れ込んだ。

哲と幸二も他の連中に追われるように路地に押し込まれた。

「なあ、カンジよ。昨日の続きをしようや。別にサイコロ振れとは言わん。何か忘れてねーか? あ〜?」

 正和は莞爾の肩に手を回したまま顔を覗き込んだ。

莞爾の顔は引きつり、奥歯がカタカタと鳴っている。

どうにも震えが止まらない。

「あらあら、しゃべれねえか。別にしゃべらんでもええ。置いてくもん、置いてけや」

 正和の唇がニヤーッと横に広がった。

焦点の定まらない目元が不気味だ。

「い・・・ いやだ・・・」

 莞爾はやっと絞るような声で言った。

「ん? 何だ? よく聞こえなかったな。何て言ったんだ?」

 正和の口元だけが笑っている。

それでも莞爾はもう一度言った。

「い・・や・・だ・・・」

 正和は天を仰いだ。「フーッ」と息を漏らして。

そして、一呼吸するといきなり目を剥いた。

「オイオイオイ。あぁ〜 こっちが静かに言っているのに分かんねえのか?」

 正和は正面から莞爾の顔を覗き込んだ。

他の連中も哲と幸二に迫る。

三人は背中を合わせるように押しやられた。

次の瞬間、

「お前ら、いいかげんにせーやぁ〜!!

と、正和は思いっきり三人を突き飛ばした。

激しい音と共に民家の板塀が揺れる。

莞爾達は背中をしたたか打ちつけると、そのままズルズルと腰を落とした。

これだけの音がしても誰一人家から出てこようとはしない。

「オイオイオイ。言って分からなけりゃ、体に直接訊かなきゃ分かんねえのかよ!」

 正和は両膝に手をつき、額をつき合わすように迫った。

目が鋭い。眼孔の奥から物言わぬ光が出ているようだ。

三人はなす術がない。

ただ、身体だけがガタガタと震えている。

その時、路地横を誰かが通った。

元バレーボール部の先輩、加山俊昭と大野章三だった。

「先輩!」

 最初に気付いた幸二は助けを求めるように声を掛けた。

三人ともこれで助かったと思った。

一瞬表情が和らぐ。

しかし、そこまでだった。

正和は向き直ると加山と大野に迫った。

「オイ! なーに見てんだよ! 何か文句あるのかよ!」

 そこにいるのが正和だとわかった瞬間、加山と大野はたじろいだ。

「い・・ いや、何も・・・」

 二人は目をそらした。

「先輩・・ たすけ・・・」

 哲がか細い声で助けを求めようとしたが、二人は目をそらしたまま呟くように言った。

声が上ずっている。

「ご、ごめん。俺達、受験があるから・・・ これから塾に行かなきゃならないんだ・・・」

 二人はそのまま走り去った。

もはや絶望的だった。

ここから先は地獄が待っている。

莞爾達の意識は、徐々に遠のいていった。

 

「ワォーン・・・ ワンワン」

犬の遠吠えが聞こえる。

身体中の痛みで莞爾は目を覚ました。

身体のあちこちに紫色の痣ができている。

何故こんな痣ができているのか、莞爾にはまったく記憶がない。

両脇に哲と幸二が横たわっている。

二人とも顔中青タンだらけだ。

唇からは血が滲んでいる。

「テツ・・・ コウジ・・・」

二人を揺り動かす。

やっと目を覚ました。

「イッテー、チッキショウ。やるだけやりやがって」

哲は右手をつき、ようやく身体を起こした。

幸二はポケットの中を弄っている。

「あれ? やられた!」

 莞爾と哲も慌ててポケットに手を突っ込んだ。

「俺もだ。財布ごとない!」

 全員の財布が抜き取られていた。

「あのやろう! なんとかなんねーのかよ!!

 莞爾はやり場のない怒りを板塀にぶつけ、思いっきり蹴飛ばした。

しかし、哲の漏らした言葉が現実を物語っていた。

「無理だよ。あいつには誰も逆らえない」

 三人はうな垂れたまま言葉を失った。

空を見上げる目には、悔しさで薄っすらと涙が浮かんでいる。

北斗七星の柄杓が、滲んで歪んだ。

暫くの沈黙の後、幸二が思い出したように言った。

「そうだ、そう言えばバスケット部の連中が変な噂話をしていた。

平和塔の下に寺があるだろ?

その寺に変な連中がいるって。

今朝、バスケの主将が朝練で日の出と同時に寺に通じる百段階段を登って行ったんだ。

すると境内から気合の入った声が聞こえるから、そーっと覗いたらしい。

そしたら、そこで見たこともない連中が空手の練習をしていたって言うんだ」

 驚いた莞爾と哲は顔を見合せた。

莞爾の脳裏に昨日の少年の姿が浮かぶ。

「昨日の連中か?」

 訊くと幸二は、「多分・・・」と頷く。

「やっぱり空手だったんだ」

そう思っていると哲が呟いた。

「なあ、そいつに頼んでみたらどうだ?」

「頼むって、何をだ?」

「何を?って・・・

俺達このままだったら、いつまでたっても正和の言いなりだ。

やってられねえだろ、そんなの。

そいつだったら何とかしてくれるんじゃあないか?」

 哲が言うまでもなかった。

幸二も・・ 莞爾も・・ 考えは・・・ 同じだった。

 


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