我家
龍介と菜美は家に帰る途中、いつものコンビニに寄った。
菜美は相変わらずレジへ真っ直ぐ進み、ソフトクリームを買っている。
別にどこと言って以前と変わっている所はない。
アルバイトの店員もそのままだ。
マニュアル通りに素っ気無い挨拶をし、これまたマニュアル通りにお釣りを返した。
コンビニを出た二人は、ソフトを食べながら話しもせずに歩いた。
そして、角を曲がり家のある中通りに入った。
家も相変わらずそのままだ・・・ と思ったが玄関前にとんでもない物が止まっていた。
大型のトライク(三輪オートバイ)。
それもハーレーダビッドソンを改造したカスタムだ。
「すげー! どうしたんだ、これ?」
龍介はトライクのハンドルに手をかけ、舐め回すように見ている。
「何言っているの、これはこの前おばあちゃんが買ってきたやつじゃない」
菜美は呆れたように龍介の顔を覗き込んだ。
「おばあちゃんが?」
「そうよ、トライクなら普通免許で運転出来るからって」
「普通免許? おばあちゃんいつ免許取ったんだ?」
菜美は腕を組み、うんざりした顔で話し始めた。
「リュウスケ、あんた今日変よ。
平和塔に行ってから頭変になっちゃったんじゃないの?
帰って来たとか、元に戻っているとか、おかしな事ばっかり言っているじゃない。
挙句の果てには道場の看板みてブツクサ訳の分からない事を言っているし・・・
まるで竜宮上から戻って来た浦島太郎みたいよ!」
ここ迄言われるとさすがに龍介は思った。
「やっぱり俺がおかしいのか?」
その時、ガチャという音がすると玄関ドアがスーッと開いた。
家の中から髪を紫に染め、黒いライダースーツに身を固めた祖母の知恵が出てきた。
赤いマフラーを首に巻き、片方の手には銀色のフルフェースを小脇に抱えている。
「カッコイー・・・」
龍介の目は点になった。
龍介の知っている今までの老人ぽさはどこにもない。
気のせいか背筋も伸び、二十歳は若く見える。
龍介は驚いた表情でまじまじと知恵を見るのだが、知恵は別に気にする様子もなかった。
「あらお帰り。ちょっと足りないものがあったから買い物に行ってくるわね」
そう言うと、知恵は軽がるとトライクにまたがり、親指でスターターボタンを押した。
「ズ、ドゥッ、ドゥッ、ドゥッ、ドゥッ・・・・・」
大排気量V型二気筒特有の重低音の振動が響いてくる。
知恵はヘルメットを被るとアクセルを捻り、アッと言う間に走り去っていった。
龍介は頭を捻りながらおずおずと家の中に入ると、母真奈美が夕飯の準備をしていた。
「ただいまー」
「あ、お帰りー」
直ぐに真奈美の声が返ってきた。
テーブルの上には所狭しとすき焼きに手巻き寿司が並んでいる。
「すげーご馳走だな!」
久しぶりに見る光景に思わず龍介のお腹が鳴った。
「もうちょっと待っていて。
玉子が無かったからおばあちゃんに買いに行って貰ったのよ」
そう言いながら軽快に歩く真奈美も前とは違っていた。
祖母に買い物を頼むなんて事は今まで絶対になかったのだ。
それに・・・ いつもの生活に疲れたような感じがまったくない。
よく見るとパートもしていないようだ。
龍介はテーブルに用意された豪華な食材を見ながら訊いた。
こんな御馳走はめったにない。
「今日、何かあったのか?」
「あったのよ〜」
台所の奥から真奈美の弾んだ声が聞こえてくる。
「何があったんだ?」
「カンジさんがやってくれたのよ!」
「カンジさん? やってくれた? なんだそれ!? 又、なんかやらかしたのか?」
龍介は一瞬不安になった。
しかし、なぜか真奈美の声は明るい。
「カンジさんの書いたファンタジーが映像化されることになったのよー・・・!」
「エッ?」と思った。
リュウスケの目が、また点になっている。いつのまにか莞爾は作家になっていた。
それに父ちゃんのことを真奈美はカンジさんと呼んでいる。
まるで、恋人でも呼ぶように・・・
「父ちゃんは?」
龍介は、あらためて訊いた。
「いつもと一緒。隣の部屋でバーボン飲んでいるわ」
「バーボン・・・?」
龍介の知っている今までの父ちゃんはビールしか飲まなかった。
それが、バーボンとは・・・
気になった龍介はそーっと隣の部屋のドアを開けた。
僅かな隙間からパソコンに向かっている父、莞爾の姿が見える。
机の横のスタンドからは淡く優しい光がステレオに落ちている。
ターンテーブルが回り、アームが動くと、針がレコード盤に着地するように降りた。
「ジーッ、ジーッ」というハム音の後に60年代のジャズがスピーカーから流れてくる。
莞爾はパソコン上の手を休めるとモニターを眺めながらバーボンを手に取った。
ゆっくりと口にする。
何か、もの想いにふけっているようだ。
時折、藻岩山を望む。
中腹にある平和塔を・・・
そして、もう一度飲む。
バーボンを置くと、又パソコンに向き直りキーボードを打ち始めた。
龍介は静かにドアを閉めた。
菜美を見るとテレビのバラエティー番組を見ながらケラケラと笑っている。
莞爾の様子など、ごく当たり前の事らしかった。
龍介は居間の横にある階段を上がると、自分の部屋に閉じこもった。
ベッドに転がると、仰向けになる。
頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。
「どういう事なんだ?
何もかもが変わっている。
今まで嫌だと思っていたことが、みんな良い方に・・・
それにアキラ、コウタロウ、リエ、姉ちゃんまでもが過去に行ったという記憶がないようだ。
ヒロコはお母さんになっているし、ヒロコだと思った女の子はヒロミだという。
ひょっとして俺達が歴史を変えちゃったのか?
いや・・・ そんな事はないだろう・・・」
龍介は頭を振った。
「これが現実なんだ。
過去に行くなんて、土台出来る訳がない。
俺が見たのは、平和塔に行って、ちょっとの間寝た隙に見た夢だったんだ。
そうだ・・・ そうに違いない・・・」
龍介は自分自身にそう言い聞かせた。
しかし、手足に残る正和と闘った時の感触がその考えを払拭した。
「いや・・・ やはり俺達は行っている。
体が感じている・・・」
右手を見つめ、握ったり開いたりしている。
「そうだ!」
龍介は飛び起きた。
何かを思い出したようだ。
「確かめる方法がある!!」
階段を駆け下りると玄関を飛び出した。
「リュウスケ! どこ行くの? もうすぐご飯よ!」
背後から聞こえる真奈美の声に返事もしない。
物置から自転車を取り出すと飛び乗った。
そして、寺の三重の塔を目指して全力で漕ぐ。
途中で待つ信号はもどかしい。
やっとロープウエー横の坂を登り、寺の境内に入る。
見渡しても誰一人いない。
しんという静けさだけが漂っている。
自転車を乗り捨てると、墓地の中を勢い良く駆け上がった。
三重の塔に着くと息もままならない。
「ゼーゼー」と肩が揺れている。
龍介は三重の塔の前にある大きな灯篭を見つめていた。
息を整えながらゆっくりと近づく。
ひざまずくと携帯を取り出し、ライトを点けた。
石で出来た台座に光を当て、左手でゆっくりとなぞっている。
その指が止まった。
「あった! 間違いない! 俺達は確かに行っていたんだ。父ちゃん達が・・・
俺達と同じ少年だった頃の時代に!!」
台座をなぞる左手を龍介は何故か懐かしむようにいつまでも見ていた。
そこには長い年月で風化されてはいたが、ライトの光に浮かび上がり、確かに読める文字が書かれていた。
それは・・・
『リュウスケ』・・・と。
了