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 花嫁の父

 

 式も披露宴も滞りなく済み、私達は家に帰って来た。

だが、そこにはもう娘はいない。

やはり、淋しさだけが漂ってくる。

 私は一人、裏庭に出ると、サクランボの木を見上げた。

このサクランボの木は、娘が生まれた時に妻の実家から貰ってきたものだった。

植えた時には、本当に小さな苗木だったのが、25年という月日を経て、今では見上げるほどに大きく枝葉を広げ、真赤に熟した実を鈴なりにつけている。

そして日当たりの良い庭の片隅では、宗太のお母さんが送ってくれたバラの木が、ピンクの花を満開に咲かせている。

これを見た時、私はなぜか、

「良い旦那さんとその家族にめぐり合うことができた。彼になら安心して娘を託すことができる」

ふと、そう思い、自分自身に言い聞かせていた。

だが、娘が嫁いで行った日の空を見続け、その空が紅く染まり出すと、やはり淋しさと悔いのようなものが募ってくる。

 私は心の中でつぶやいていた。

「もっと一緒に遊んでいたかった。

もっと一緒にいろんなところに行ってみたかった。

もっと一緒にやりたいことが一杯あった。

そして・・・ もっと、もっと・・・

私のそばにいて欲しかった・・・」

 私は一人、空を見上げ続けていると、引き出物を整理していた妻の声が家の中から聞こえてきた。

「お父やん! 菜美ちゃんの手紙が入っている!」

 娘が私たちの引き出物の中に、そっと手紙を忍ばせていたようだ。

私は手紙を受け取ると、すぐに開封した。

するとそこには、幼い頃から見覚えのある娘の字で、月並みな言葉だが次のように書かれていた。

それは・・・

『 おとーやんとおかーやんへ

披露宴の時に飾っていた写真はどうでしたか?

白無垢の写真なんて、昔のおかーやんそっくりで笑ってしまいます。

生まれてから一歳過ぎまでの菜美の表情は本当に素晴らしくて、ああいう奇跡のような時間を与えられただけで、私の人生は十分幸せです。

それと、おとーやん。

二人で映画を観て、飲みに行った時のこと、良く憶えているよ。

本当に楽しかったね。

どうもありがとう。

これからは、宗ちゃんと二人で、できるだけたくさんの素晴らしい時間を過ごしていきます。

家族は変だけど、素敵なものなので、自分の家族ができたことは本当に嬉しいし、宗ちゃんの家族とも家族になれたことはとても嬉しいです。

いつかやってくる龍介のお嫁さんも楽しみにしています。

結婚は家族がどんどん増える良いものですね。

今まで育ててくれて、どうもありがとう。

でも、結婚は菜美がどこかへ行くことではなくて、菜美の世界が楽しく広がることです。

それに、家族はいつまでも家族です。

たぶん・・・ 世界のどこにいても・・・

これからもよろしくね』

・・・と。

 

 了

 

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